SARS安全宣言以降、中国社会は以前と同様の賑わいを取り戻している。中国の観光地には、抑圧から開放された中国人と安値感を求める韓国人観光客が目立ち、安全第一の日本人はほとんど見かけない。SARS発生は、安全・衛生観念、情報公開面等で、中国社会に影響を与えている。広大な中国を一言で述べることは困難であるが、日本・欧米的価値観と同時に、中国の視点で一度見てみることも必要ではなかろうか。
中国共産党による指導国家
中国(国・地方とも)は立法(人大)、行政(国務院・人民政府)、司法(法院)セクターがあるが、日本のような三権分立を想像すると違いが大きい。各セクターの上層部は約6,700万人にすぎない共産党員が占めている。党員への門戸は厳しく、入党後も模範市民としての生活を要求される。外国人にとって、現役の党員と、仕事を離れた交流を行うことは難しい。
元来、個人主義的傾向の強い約13億人の国民を治めることは、並大抵のことではない。近年、共産党から受ける画一的な措置が少なくなり、日常生活では、日本以上に自由である。しかし、庶民は、昔から、「上に政策あれば、下に対策あり」と言われるように、建前と本音(実態)を使い分けており、行き過ぎると、政府が制度どおり引き締める。これは、時代、政権を問わない事実である。ものごとを額面どおりに受け取る日本人にとって困る点でもある。
なお、中国の政党は一党ではなく、民主同盟や民主建国会、国民党など8つの民主党派が存在しているが、日本では、意外と知られていない。
市場経済社会主義の行方
土地が公有制(使用権あり)であることを除き、私有経済が進展し、私営企業の役割が高まっている。中国では、資本主義という言葉は依然禁句であるが、第十六回共産党大会で「三つの代表論」が採択され、私営経営者の入党が認められ、現在、私有財産を保護すべく、憲法改正論議が進められているなど、社会の基盤が大きく変化している。
上海市民や都市部の人間にとって、こうした動きは、時代をかけて論議してきたことであり、違和感は大きくない。
一方、中国には、約62%の人口を占める農村戸籍者と約38%の都市戸籍者がおり、農村戸籍から都市戸籍への移動は、大学卒業などを除き難しく、都市への出稼ぎ者は、一定年数が経てば、故郷に帰らなければならない。タクシーの飾りをみても、都市部では搶ャ平、農村部では毛沢東と信奉者にも大きな差がある。
今後、都市部との貧富の格差に対する不満の拡大やWTO加盟による海外からの安価な農産物による農村経済の疲弊という課題にどう応えていくかが難問である。
今なお残る時代の爪あと
商工業都市・上海は文革時代、多くの若者が農村に下放され、運良く帰って来られた人々も、過去を引きずっている。相手の意見を聞かず、自己の正当性のみを主張したり我勝ちに割り込んだりする。北京には、下放時代を懐かしむレストランがあるが、上海にはない。また、その子弟は拝金主義となったりしている。1979年の一人っ子政策以降は、学歴偏重と過保護が進み、地方出身のハングリー精神あふれる若者との差は明白である。
なお、平常はわからないが、上海事変勃発の地であるこの地での日本、日本人へのイメージも微妙なものがある。
NPOセクター発展への期待
Vol.1で記載したとおり、社会団体の設立は難しい。この分野は国の意向が強く働くため、地方政府が関与する団体であっても設立は困難である。1分野1団体が基本的考えであるため、地方は中央組織の支部になるべきだというのが中央の考え方である。そのため、私有経済発展のために不可欠な地方密着型の業界団体や協会の設立も困難である。社会団体の容易な設立が課題となっているものの、治安保持のための管理的考えも強いため、検討は、ここ数年、行きつ戻りつの状態である。
さて、NPOセクターの発展に切り離せない情報公開の動向であるが、現在、中国のインターネット人口は5,660万人で、日本を抜き世界第2位である。毎月5〜6%の増加率が続くとすると、2〜3年で25%の普及率になる。中国でのホームページやEメールは、治安維持の観点から公安局への届出が必要でその管理を受けるが、管理できないほどの増加率である。
上海でのNPOの事例としては、APEC時のボランティア組織、コミュニティ政策の一環としての「社区」の設立の推進や、青少年施設と老人施設との連携運営がある。今後、中国型NPOの成長に期待したい。
(財団法人大阪観光コンベンション協会/草薙勝之)
※「上海的社会/市民事情」は今回で終わります。
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